安倍元総理の国葬に反対します!!←こいつらが支持されない理由

本日、凶弾に倒れた安倍元総理の国葬が行われました。一般献花にも長い行列が出来、生前の元総理を偲ぶ方が大勢いらっしゃった様です。一方、Twitterや会場周辺には相変わらず「国葬反対!!」などと大声で喚き散らしているアレ系の方が多いようですが、少し思った事を書いてみたいと思います。

反対派の主張は国費使用、民主主義云々の問題ではない

国葬反対派の主張には

「国費を使用するに当たり議論が尽くされていない」

「民主主義に反する」

「生前の評価が出るには時期尚早」

などと最もらしい意見が噴出している様です。

また、ある中核派議員は

「改憲阻止!国葬は中国への侵略行為だ!」

などと言う主張を喚き散らかしているようで、これには一部の方々も頭が痛くなるほど脳内にクエスチョンマークが出てきたと思います。

私もYoutubeで彼女の主張を聞きましたが、聞けば聞くほど分かりません。

何故彼女がABEMAーTVに出演する事になったのか、私は、製作陣が彼女を晒し者にして楽しんでいるとしか思えませんが、当の彼女がこのトンデモ理論を外部に発信することで満足していたらそれで良いのでしょう。

五輪然りコロナでのロックダウン然りこのような国の重大なイベントに際して様々な議論はあって当然だと私は思いますが、ことこの国葬に関しては、反対派の脳裏に強烈な思い込みが有ると思わざるを得なくなっているのです。

安倍が憎い、安倍が憎い、憎過ぎて震える

彼らにとっては、元総理が生前から憎悪の対象であり、日本を破壊した邪悪な存在である、と言う強烈なイメージがあるのでしょう。

安倍により日本が壊された、安倍がいなくなれば日本はよくなる、私たちの生活も良くなる、そんな有りもしない幻想を抱き、亡くなった後ですら「安倍」と言う文字を目にすればムカムカ、イライラなど一瞬でネガティブな感情が湧いてくる。

ましてやその様な人間を収めた税金を使って弔うなど言語道断。

何としてでも止めたい、安倍が戦後日本を代表する総理であった事実なんてある訳がない。

今の自分が不遇な環境であるのは安倍のせいだ安倍アベアベアベ・・・

そんな自分のネガティブな感情をどうにかして世間に投げかけたい、そういう思考が国葬反対デモなどという物に彼らを駆り立てるのでしょう。

彼らに安倍総理の功績などを説いても聞く耳すら持ちません。

そんなことを彼らに投げかけると10倍のネガティブな反論が飛んでくるので相手にするのも疲れるだけです。

国葬反対している人間はいつもの面々

国葬反対デモなどをネットの写真で見ましたが、業の深そうな顔立ちの人らが眉間に皺を寄せて叫んでいるのです。

そこは笑顔などなくただただ近寄りたくない負の感情が渦巻くアナザーワールド。金もらっても参加したくない雰囲気がぷんぷんしています。

我々一般民衆は政治に対して、時には声を挙げると言う事も必要であり、その母数が多ければ巨大な世論の渦となり、ふんぞりかえっていた政治家を動かす。

民意が政治を動かしてきた事例は世界史を見ても日本史を見ても多数存在してきましたが、そこにはほぼ全ての事例に「大義」と言うものが存在してきた気がします。

しかし今回の「国葬反対」はどうでしょう?

国葬反対を掲げている方にこんな方がいました。

国葬反対派

同じ日本人として、ではなく同じ「人間」としてただただ残念であり、情けなくなり、何故このような生き物が存在しているのか、どのような家庭環境で育ったら、どの様な教育を受けてきたらこのようになるのか理解に苦しみます。

このツイートを見た後に彼女のプロフを見たら「あ・・(察し」という感想しか出てきませんでしたが。

幸福な人生と対極にいる人たち

国葬は粛々と行われ、各国の代表弔問や一般献花などで安倍元総理に対して弔意を表した方も多いと思います。

「ありがとう」

「お疲れ様でした」

この一言を述べるために地方から出てきた人もいるでしょう。

一方で拡声器を持ち自分の主張を時も場所も考えず叫び、黙祷の時間に大きな音を鳴らし何としてでも弔意を妨害しようとする方々。

ここまで来ると、もう冒頭の反対する理由などもすっかり霞んでしまい、ただただ極めて個人的な感情から来る「ガキの嫌がらせ」レベル。

そこには高尚な思想や大義などは存在しません。ただ個人の負の感情を大衆に向けて大袈裟に表現しているだけです。

ガキの嫌がらせに賛同する輪が広がるとするならば、どの様な形で広がっていくかは少し興味があるところではありますが。

国葬反対でもいい、ただ人々の弔意を妨害するのだけはやめてほしい。あなた方にその様な権利はありません。

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