
○○に入社できれば勝ち組、または貧しい自分の人生は負け組などとカテゴライズする人をよく目にします。明確な基準がなく、誰視点で分けているのかわからないこの2つ。よく口にする人とその原因について調べてみました。
勝ち組と負け組の定義って何なの?
じゃんけんやボクシングなど2人が対戦し明確に優劣や順位がつく勝負では、勝者と敗者が明確に分かります。
対して世間一般で言われる「勝ち組」「負け組」とは何をもって定義しているのでしょう?
2人ではなく多数の集団がいる場合、どこを基準として勝ち組負け組を分別するのでしょう?
そして一般社会では誰かと何かの勝負をしているわけではないのにも関わらず、なぜこの様な呼ばれ方をするのでしょうか?
よく聞く勝ち組とは
- 東大京大に入学できれば勝ち組
- トヨタ自動車に入社できれば勝ち組
- 前澤社長や与沢翼氏などお金持ちは勝ち組
また面白い物では「結婚していれば勝ち組」などと意味の分からないものまで存在します。
一方で負け組のとは
- Fラン大卒
- 収入が低い
- 生涯独身
このような人を負け組と呼んだりしています。
私には理解できないのですが、彼らは何に対して勝ったり負けたりしているのでしょうか?
個人的な見解ですが
「バカは自分に関係ない事にも優劣をつけたがる」
という風に思っています。
大企業の中の人も自分が勝ち組だと思っていない
例えば高学歴の官僚や一流企業であるトヨタ自動車の社員さんが自分の事を
「我々は勝ち組である!」
なんて吹聴している話は聞いたことがありません。
彼らは入社直後より生き残りを賭け、上へ登る為の熾烈なサバイバルゲームを始めます。
そしてそれは退職するまでずっと続きます。入社直後に

「俺勝ち組だからもう将来安泰」
などと考えて何もしない社内ニートなんかいるでしょうか?←
係長になれば課長を目指し、部長、そして役員と常に上を目指す、そこまで行かなくても今の職位をキープ、下を見て「あいつらは負け組だアハハ」などと嘲笑う余裕もないはずです。
そして意識しなければ「自分は勝ち組である!」なんて考えもしないでしょう。

トヨタ社員だから勝ち組でいいですよね

え??(いや、色々大変なんすよ・・・)
ここで一旦視点を移してみます。
例えば地方の中小企業で働いている人は、毎月ガッカリするような給料明細を見て
「トヨタ社員は勝ち組でいいよなぁ」
などと思ったりする事があるかも知れません。
この場合、自分の給料明細を見て、それをトヨタの社員の給料と照らし合わせた時に金額の大小だけで自分が劣っている=負け組という定義をしてしまいます。
しかし実際は地方中小企業勤めの人でも家を建て、子供を学校に送り、習い事をさせ、休日は家族で車に乗って・・・なんて事をしている家庭はごまんといて、充実した生活を送っている。
一方で、高収入ではあるけど、滅私奉公的に休みも無く、自分の生活より会社が大事、みたいな何の為に働いているか分からない様な人も存在します。
誰に対して何の勝負をして負けているのかますます分からないです。
常に誰かと比べないと不安になる人
「勝ち組」「負け組」自分はいったいどちらに属しているか気になって仕方ない人
いわゆる他者基準の奴隷です。
今の自分がどう生きているか、よりも
- 他人と比べてどうなのか
- 周りの中で上から何番目なのか
こちらの方を重視します。そして、いつもこの様な事を考える人は共通して
- 自分の人生に自信がない
- 自分への評価が自分で出来ない
という状態です。
自分が何をしたいかと考えても「他人の目が・・」とか他者基準で自分の人生を動かしてしまう人、自分の中に軸を持っていなく、いつも自分の行動原因や評価を他人に委ねる人。
私の周りでも勝ち組負け組などいう人は大体このような性質をもっていたりします。自分のことは全て他人がコントロールしていると無意識に思っている人です。
- 誰々がやってたから
- 誰々のせいで失敗したとか
こんな事を口にする人がよく使う口癖の一つに「勝ち組」「負け組」というのがあったりします。
満たされていない人の口癖が「勝ち組」「負け組」
収入面で、生活の質で、人生を楽しんでいるか、色々な判断基準がありますが、もし収入は少なくとも人生を心から楽しんでいれば勝ち負けとかどうでもいい話です。
自分の事を「勝ち組」「負け組」どちらなのか気になる人はまず自分自身の評価をやってみましょう。
普段の生活、今日1日はどうだったのか、昨日より一歩でも成長していればOK、こんな所から始めるのもいいかもしれません。
自称「負け組」の人
自分で自分の事を負け組と称している方は多いような気がします。
この方々は割と救いようがあって、前述の満たされていない感情をなんとかすればいいです。
例えば好きな趣味に没頭するとか、収入が少なければ節約を楽しんでみるとか。
何かに没頭できればいわゆる勝ち負けとかもうどうでも良くなります。
そして安心してください。あなたは誰にも負けていません。
しいて言うなら自分自身に負けているだけです。
ご飯が食べれて雨風防げる家があり、横になって眠れる布団がある。
これだけで十二分すぎるほど恵まれているはずです。
自称「勝ち組」の人
これが困ったちゃんで親の教育が悪かったのか、幼い頃著しく劣等感を抱く何かがあったのか知りませんが、自分への評価を自分の内部ではなく外部に求めたがる人です。
例えば収入や地位などを他人と比較し、他人より優位ならば満足してしまう。そして対象を蔑視し自分を顧みない。
上は見えているはずなのに、下ばかりを見て自分は勝っている!と自己評価を下してしまう。こうなるともう成長はありません。
勝ち続けることは不可能だし、これ系の人はさらに下を見るようになります。
自分より1円でも収入が劣っている人、自分より立場が弱い人。
こういう対象を見つけるのに躍起になります。
そうしないと自分が勝ち組でいられないからです。
自分が死ぬとき振り返って考える
自分の評価もロクにできずに人や組織の勝ち負けを下すなど100年早いわ!と思います。
そして人生の勝ち負けなんてどうでもよく
「自分が死ぬときに自分の人生をどう思うのか」
これだけです。
関係のない第三者のしょうもない勝ち負け基準なんか考えなくていいです。
人生は楽しむだけ、くだらない事を気にして時間を費やすのはやめましょう。
コメント
初めまして。ブログを運営しているとむそんと申します。
人ってどうしても他人と比べたがるものですよね。。
僕も、ついつい人と比べてしまうことがありますが、自分は自分なのでそんなことしても意味ないですよね。
勝ち組・負け組という言葉も意味がないものですが、しいて定義するなら(僕の見解として)、ポジティブ思考な人が「勝ち組」だと思います。
なんでもポジティブに考えられる人って、最強じゃないですか?!
ポジティブ思考になるだけで、どんな人生送ろうがたいていは幸せなので、勝ち組になれるのかな、と。
長文失礼しました!
とむそん様初めまして。コメントありがとうございます。
どのような感情の時に人は幸せを感じるのか十人十色なのでわかりませんが
確実に不幸になる方法として「人と比較する」というのがあるのです。
人と比較したら世界の頂点に立つ人以外は皆「負け組」でしょうから
全く意味のない定義であるかと思います。
ただ、日常生活ではどうしても意識してしまう所でもありますね・・・。